清掃業者

介護ホームから父が脱走し、丸1日経ってから、遠く離れた三浦半島の駅で発見された。どこにも怪我はなく、最後は自分から、コンビニエンスストアのスタッフさんに「帰り道がわからなくなりました」と言ったらしい。世田谷の介護ホームからどこをどうやって三浦半島まで行ったのか謎だが、とりあえず父を、ホームではなく自宅に一時帰宅させることにした。

出迎えた私にはもちろん目もくれず、反応したのは愛犬のリリーにだけ。リリーのことも彼女だとわかっているわけではなく、たぶん犬がただ好きだからだ。それでもやはり父らしいのは、帰宅するなり各部屋の窓ガラスに近寄り、ガラスの汚れ具合をチェックする。そうなることは予想していたので、週末に清掃業者に依頼をしておいた。父の手前、窓ガラスを確実に綺麗にするためには、プロの手を借りなければならない。父がホームに入ってからは、業者に頼むことはなくなり、気が向いた時だけ家族の者が窓ガラス掃除をしていたが、窓ガラスの清掃にこだわりのある父が居る時だけは、特別だ。
(参考:すりガラスの窓を傷つけずに掃除する方法はあるのか

不思議なことにホームの窓ガラスには、何のこだわりも見せないのだという。介護ホームは自分の家じゃないと理解しているのか、それともホームの窓ガラスには、ガラスの飛散防止のフィルムが貼ってあるからだろうか。

しかしうっかり玄関脇の小窓の掃除をするのを忘れていた。このガラスは窓とは言えないから、業者も気が付かなかったのだろう。ガラスの汚れを見つけると、父はそこだけはしっかりした足取りで、清掃用具をしまっている納戸に行き、雑巾と霧吹きを持って出てきた。こうなったらもう、父が満足するまで好きなだけ窓ガラス掃除をさせてやるしかない。よりによって外気が吹き込む寒い玄関だ。私は妻と一緒に急いで家中のストーブを集めて来て、父が風邪をひかないように、吹き抜けのある広い玄関を、暖めるよう努力を始めた。